京都府八幡市の歴史

八幡市の歴史(古代から近代)

旧石器時代には人が住んでた!?

 

八幡市の古代から近代までの大まかな歴史をご紹介します。
まず、八幡市に最初に人類が定住し始めたのは、今から2万円前の旧石器時代と言われています。
これは、市域の南西部丘陵地から約2万年前の石器が出土したことから明らかになったものです。

 

 

水路の発達と文明の発生

 

このように旧石器時代から人がこの地に住めた理由というのはやはりその地形に関係があるそうです。

 

こちらの上空からの写真を見ていただけるとわかると思うのですが。
京都府八幡市の古代から近代にかけての歴史をご紹介いたします。

 

八幡市というのは木津川、桂川、宇治川の3つの川の合流地点にあり
淀川へと続いています。

 

ご存知の通り、淀川は大阪府北部の水運を一途に引き受けている重要な河川です。
また、人類全体の歴史を見ていても、河川の近くに文明が起こるということは非常に多いわけです。

 

 

陸路の発達

 

 

また、こうした水運に恵まれた八幡市ですが、文明の発達とともに陸路の開発も進められました。
上記の写真を見てもわかると思いますが八幡は、天王山とはちまんさんに囲まれた土地でかつ、京都と大阪を結ぶ重要な地点に位置しています。
それゆえこの陸路の整備というのは非常に重要なものだったことが容易に想像されます。
古山陰道東高野街道京街道といった歴史のある街道は、その代表例だと言えるでしょう。

 

また、それらの歴史の流れに乗るように、旧国道1号線が淀川の堤防沿いに走っています。
京都府八幡市の古代から近代にかけての歴史をご紹介いたします。

 

現在の1号線はもっと

 

門前町としての発展

 

京都府八幡市の古代から近代にかけての歴史をご紹介いたします。
また、八幡市ははちまんさん山上に建立されている石清水八幡宮を中心とした門前町として発展した歴史があります。
この石清水八幡宮が建立されたきっかけとなったのは平安京を鎮護するため、九州から八幡神が勧請されたことだと伝えられています。

 

 

このようにして八幡市は近代に至るまで淀川水運の恵みとその立地条件を満たしながら
発展してきた歴史があります。